さまざまな業界でテクノロジーの活用が進む中、保険業界も例外ではなく、複数のInsurTech企業が誕生している。その中でも保険代理店向けソフトウェアとして国内シェア3位を獲得している「ソリシター君」は、11,400人を超える保険営業パーソンに利用されるツールとして、サービス規模を順調に拡大。「ソリシター君」を開発しているSEIMEI株式会社は、2021年に名門VC・JAFCOから3億円の単独資金調達を発表し、同年に、次世代を担うスタートアップを紹介する「INTRO Showcase106」にも選出されるなど、投資家からも注目を集めている。今回は、同社のCEOである津崎氏を招き「ソリシター君」が誕生したきっかけや、今後の展望についてお話を伺った。
大手保険会社の導入も決定。保険業界が注目する「ソリシター君」
—【聞き手:松嶋、以下:松嶋】本日はSEIMEI株式会社のCEOである津崎さんにお話をお伺いします。よろしくお願いいたします。まず最初に「ソリシター君」についてご紹介いただけますか。
—【話し手:津崎桂一氏、以下:津崎】一言で表すと「保険業界のGoogle」ですね。保険代理店には無料で検索サービスを提供していて、保険営業パーソンユーザーは「ソリシター君」を使えば、見込客の健康状態によって保険に加入できるかどうかの基準となる引受目安や、各保険商品のパンフレットを一括で検索できます。
保険商品はさまざまなものがあり、新商品も次から次へと登場しているため、全ての商品を把握することは難しいんです。各保険会社のサイトやパンフレットを一つ一つ確認していたらかなりの時間がかかってしまうし、とても非効率ですよね。そこで、各保険会社の業務情報を一括で検索できるシステムを作りました。
—【松嶋】消費者からみても、保険を提案してもらう際の待ち時間を大幅にカットできるというわけですね。
─【津崎】おっしゃる通りです。また「ソリシター君」の特徴は、保険会社向けに保険募集人へのマーケティング支援ソリューションも提供している点です。
保険会社は売上を伸ばすために、保険営業パーソンに向けて自社保険商品を宣伝する必要があります。とはいえ、保険営業パーソンにもそれぞれ得意不得意がありますし、損害保険商品を販売するのが得意な人に生命保険商品を宣伝しても、あまり意味がないですよね。しかし現状では、アプローチするべき保険営業パーソンが誰なのか、保険会社自身が把握できていません。
そこで役に立つのが「ソリシター君」です。「ソリシター君」には保険営業パーソンの検索データが集まっているので、それに基づいて最適なアプローチができるようになります。
─【松嶋】なるほど。「ソリシター君」は、保険営業パーソンと保険会社を繋ぐプラットフォームなんですね。
─【津崎】はい。今後は「ソリシター君」で営業活動記録を記入したり、保険商品研修を一元的に行えるようにしたりと、さまざまな機能を追加していく予定です。
ありがたい事に広告費を1円もかけずに、現在は260社以上の保険代理店に導入いただいており、ユーザー数も11,400人を突破しました。順調にサービス規模が拡大していますね。
─【松嶋】保険会社の導入も進んでいるのでしょうか?
─【津崎】2022年4月より、SBI損保様、はなさく生命様、及び公表前の生命保険会社1社に順次導入いただくことが決定しました。保険という金融商品を扱う以上、外部ツールを導入するハードルが高いにも関わらず、どの保険会社担当者様も即決してくださって、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
いくつかのピボットを経て、保険業界のために考え抜いて出した答え
─【松嶋】津崎さんは保険営業パーソンとしてトップの成績を保っておられますよね。すでに十分な収入はあったかと思うのですが、なぜ起業されたのですか?
─【津崎】そうですね、私は保険セールスだけで十分に稼ぐことができます。ただ、保険営業パーソンの年収には物理的な上限があり、プレイヤーとしての天井が見えたとき「InsurTechならもっと大きなビジネスができる可能性があるんじゃないか?」と思いました。
今は多くの業界でDXが進められていて、さまざまなツールが開発されていますよね。保険業界にも多くの非効率があり、ITで解決できる問題はたくさんあると思います。しかし保険は保険業法などの制約がとても多いため、スタートアップが事業を立ち上げるにはハードルが高いマーケットなんですよ。
ですが、私は保険業界をより良い業界にしていきたいですし「現役の保険営業パーソンだからこそできることがあるのではないか?」と思ったので、スタートアップ的な起業をすることを選びました。
─【松嶋】現在に至るまで何度かピボットもされたそうですが「ソリシター君」を開発するまでは、どんなサービスを展開されていたんですか?
─【津崎】対消費者向けのメディアをやっていたことがあります。消費者からすると便利なサービスだとは思うのですが、保険業法における募集文書規制が厳しく、Webサービスとの相性が良くないんです。サイト上の文言を変えたいと思っても、OKが出るまで3ヶ月待ちなんてこともよくあります。スピードが重視されるWebサービスでは、対消費者向けのメディアをやるのは難しいと判断しました。
その次には、チャットボットで入院給付金の請求ができるサービスを開発していました。これも便利なサービスだと思うんですが、よく考えてみると、保険会社が自身で作ろうと思えば簡単に作れますよね。当時は私の自己資金で開発していたので、資本のある大企業が似たようなサービスを開発したら負けるのは目に見えています。「スタートアップがやるべき領域ではない」と思ったので、こちらも断念しました。
このような失敗を経て誕生したのが「ソリシター君」です。保険会社と保険代理店を繋ぐウェブサイトなら募集文書規制は関係ないですし、保険会社が他社商品の比較検索システムを作る意味はないので、保険会社自身とも競合しません。意味のある失敗を経て「ソリシター君」に辿り着いたので、今までやってきたことは無駄ではなかったと思っています。
─【松嶋】津崎さんのこれまでの経験が活かされているんですね。「ソリシター君」を開発するに至った理由についてもお話いただけますか。
─【津崎】どのようなプロダクトにするか考えた時、保険会社と保険代理店の間でコミュニケーションコストがかかりすぎているといった課題に気がつきました。
先述の通り、保険会社は保険営業パーソンに対して最適なアプローチができておらず、非効率な営業スタイルが定着しています。保険代理店も保険商品を調べる際に時間がかかっていて、その理由は「保険会社から保険商品情報が適切に届いていないから」だとも言えます。そうしたことから、保険会社⇔保険代理店のコミュニケーションを円滑にすれば、多くの課題を解決できるのではないかと考えるようになりました。
保険営業パーソンが保険商品を調べる時間を削減すれば、消費者が保険に加入する際にかかる時間が減ってUXも向上できるし、無駄な人件費を削減することで最終的には保険料コストの削減もできますしね。
─【松嶋】現場のことをよく知っていて、保険業界に関する知見がある津崎さんだからこそ出来たプロダクトなんですね。
──【津崎】現役の保険営業パーソンである私だからこそ、現場では何が求められているのかがわかりますし、それこそが「ソリシター君」の最大の強みだと考えています。
あとは私自身が保険業界はもちろん、同業の保険営業パーソンの方々のことが好きですし「ソリシター君」を開発したからこそ知り合えた方もたくさんいます。ユーザーに「便利になってよかった」「ありがとう」と言って頂けることが、私にとっては何よりの喜びです。
私に近いユーザーが感謝してくれているということは、結果的に保険業界が良くなっていると言えますし、モチベーションにも繋がっています。
徹底したユーザーヒアリングで、ユーザーに寄り添う
─【松嶋】「ソリシター君」の開発体制についてお話いただけますか。
─【津崎】初期の頃からサポートしてくれているフロントエンドエンジニアがいて、彼にはプロダクトマネージャーも任せています。現在25歳と若手ながら「ソリシター君」の追加機能開発の指揮を取ってくれていますね。
あとはバックエンドエンジニアが2人います。エンジニア3人と私の計4人でプロダクトの設計を進めています。
─【松嶋】津崎さんが課題を考えて、機能を考えたりどのように実装するのか判断するのはエンジニアの3人、といったイメージで相違ないでしょうか?
─【津崎】そうですね。私がユーザーヒアリングを行って、それを開発チームに落とし込んで実装していくといった流れです。
私はユーザーヒアリングを何よりも大切にしていて「起業家の誰よりもユーザーの声を聞いている」という自負があります。保険業界にはオンラインミーティングの文化がまだ浸透していないですし、保険会社や保険代理店のオフィスに私が直接訪問することも重要だと考えています。ユーザーがオフィスで業務を行っているのであれば、私もそこに行くべきだろうと思っていますので。
ユーザーがどのような環境で働いているのか、自分の目で確認したいですしね。オフィスに行ってみると「こういうところで働いているんだ」「机の上にたくさん書類が置いてあるな」など、さまざまな発見があります。実際の現場で「ソリシター君」を違和感なく使っていただくためには何をしたら良いのか、どういった機能が必要なのか、自分の目で見てみないと、わからないことがたくさんあると思うんです。
─【松嶋】同じ業種とはいえ、オフィスの環境はそれぞれに異なるでしょうしね。ユーザーの実際の動きを見て、初めてわかることがあるということですね。
─【津崎】はい。オンラインの画面だけでわかることもありますが、これからもアナログなユーザーヒアリングを続けたいですね。費用全額を当社が負担するユーザーとの合宿も先日開催しまして、エンジニアからは「そこまでやる理由がわからない」と言われますが(笑)。ユーザーと寝食を共にすることでしか気づけないことがありますから、こういった活動も続けていくつもりです。
─【松嶋】徹底されているんですね。津崎さんが強い意思でユーザーヒアリングをして、サービスに反映し続けているからこそ、事業が伸びているのだろうと思いました。
─【津崎】そう言っていただけると嬉しいですね。
事業をやる上での一番の失敗は「サービスが当たらないこと」よりも「自分の思い込みだけでサービスを作ってしまうこと」だと思います。そうならないためには、やはりユーザーヒアリングが何より重要です。ユーザーの声を聞いて課題を解決することが、プロダクト作りのあるべき姿ですよね。
「ソリシター君」を保険会社へのプラットフォーム課金ビジネスモデルにしたのも、保険業界の抱える課題や構造を理解しているからこそできた判断です。
─【松嶋】ちょうどお伺いしたいと思っていた部分です。「ソリシター君」のような保険代理店が関わるSaaSプロダクトで、保険会社への課金ビジネスモデルにされているのは珍しいですよね。
─【津崎】はい。このようにした理由は、保険マーケットを俯瞰した時、一番資金力があるのは保険会社だからです。
保険業法の改正により、2015年から保険代理店の雇用ルールが変わりました。それまでは保険営業パーソンは業務委託契約で働くことができたのですが、正社員での雇用が義務化されたんです。つまり、保険代理店は自社で働く保険営業パーソン全員に社会保険をかける必要があります。また、保険営業パーソンはできるだけ条件の良い保険代理店に流れますので、人材獲得競争が熾烈になるにつれて、保険代理店はどこもギリギリまで保険営業パーソンに収益を還元しています。その結果、どこも経営が苦しい状況が恒常的に続いています。
私も2019年時点ではソリシター君を保険代理店に対して募集人1アカウントにつき月額1,000円に設定していたんですが、構造上利益を出すことが難しい保険代理店に対して課金するのは厳しいということがわかってきました。そこで改めて考えた時に、保険業界で一番資金力があり、かつ無駄な人件費が嵩んでいるのは保険会社だと気がついたんです。
しかし、保険会社にサービスを提供するためにはセキュリティーのハードルが高く、スタートアップ企業で切り込めるプレイヤーがなかなかいませんでした。
「ソリシター君」の場合は、2021年8月にJAFCOから3億円のシード資金調達を行い、セキュリティー面をクリアーするために必要な資金を確保できたのも大きなポイントです。
「ソリシター君」がもたらすメリットの連鎖
─【松嶋】改めて「ソリシター君」でできることをお話いただけますか。
─【津崎】保険代理店には、保険会社の業務情報を一括検索できる機能を無料で提供し、保険会社には保険営業パーソンに対してダイレクトにアプローチできるマーケティング支援ツールとしてご利用いただいています。
保険代理店と保険会社のコミュニケーションコストを削減し、業務効率を改善することで、双方の売上向上にも寄与できるサービスです。
保険営業パーソンが消費者に保険を提案する際、まずは各保険商品を比較し、次に保険に入れるかどうかの引受目安を確認する必要があります。これまでは保険会社1社ごとに確認することしかできませんでしたが、あまりにも時間がかかってしまいますし、保険営業パーソンの負担も大きいです。「ソリシター君」なら引受目安もパンフレットも一括で検索できるので、業務効率を大幅に改善できます。
保険会社からしてみると「ソリシター君」に蓄積される検索データを使い、自社保険商品をアピールするべき保険営業パーソンに向けて適切な広告を出すことができるようになります。従来は保険会社が保険商品を保険営業パーソンに宣伝する場合、電話をしたり、直接オフィスに出向いて説明したり、メールマガジンを送付したりと、前時代的な非効率がありましたが「ソリシター君」なら、そのフローを全てIT化できます。
─【松嶋】類似サービスが出現する可能性については、どうお考えですか?
─【津崎】現時点では当社以外に、引受目安とパンフレットを一括検索できるシステムはありません。しかし類似サービスを作ることはできますし、競合が現れることは常に危惧しています。
ただ保険会社からすると、自社業務情報は基本的に外部には出したくないものだと思いますし、類似サービスが出てきても、保険会社公認サービスとして受け入れられるかはわかりません。先行者であるという優位性を活かして、このまま突き進みたいですね。
─【松嶋】外部に業務情報を出したくない保険会社からすると「ソリシター君」も最初は少し厄介な存在だったかもしれないけれど、保険代理店の利用者数が伸びてきていて、載せないことがデメリットにもなりつつあるというか。
─【津崎】おっしゃる通りです。「ソリシター君」を使っている保険営業パーソンからすると「ソリシター君」に掲載されていない保険商品をわざわざ販売するメリットが少なくなっています。その保険商品だけ個別に調べるとなると、手間がかかってしまいますからね。
そうなると、保険会社には「ソリシター君」に情報を掲載しておいた方が良いと考えて頂けると思いますし、結果として比較検索をしたいと考える消費者の選択肢を増やすことにも繋がります。「ソリシター君」は、消費者、保険代理店、保険会社、全員にとってメリットのある存在になりつつあり、ネットワーク効果が働くところまでやりきれば、大きな優位性に繋がるとも考えています。
─【松嶋】素晴らしい仕組みだと思いました。実際に利用しているユーザーからは、どのような声が挙がっているのでしょう?
──【津崎】保険会社は導入いただいたばかりですので、これからヒアリングしていきますが、保険営業パーソンに適切なアプローチができる点に価値を感じてくださっているように思います。
保険代理店からは「新人のミスを防げて助かっている」というお言葉をいただいています。というのも、ベテランの保険営業パーソンであれば、経験値で理解できている部分もあります。しかし、新人の方の場合はまだ把握できていないことも多いですし、手作業で多くの業務情報を確認するとなると見落としてしまうこともあり、ミスを防ぐことは難しいんです。「ソリシター君」を使えば検索の漏れを防ぐことができますし、見落としによるミスを大幅に解消できます。実際に「教育コストが下がった」と言っていただいたこともありますね。
また「ソリシター君」を導入していることが、保険営業パーソンを採用する際の差別化にも繋がっているという声もありました。採用にも役立てていると知った時は、とても嬉しかったですね。
“保険業界のデファクトスタンダード”を目指す、グロースフェーズに突入
─【松嶋】順調にサービスが拡大している中で、今後予定されている展開についてもお話いただけますか。
─【津崎】71社ある生損保険会社(※代理店制度がある保険会社)のうち、SBI損保様、はなさく生命様、公表前の生命保険会社1社の計3社に導入いただき“保険業界のデファクトスタンダード”になる道筋が見えている状態です。2022年中に、保険代理店、保険会社の双方が「ソリシター君」を導入しているのが当たり前という世界にしていきたいと考えています。
メディアとしての価値を最大化して、独占的なプラットフォームになるといいますか。上場を目指して今後はより一層、保険代理店への導入も進めていきたいですし、機能追加にも注力していきたいです。更なるグロースに向けてアクセルを踏む時がやってきました。
─【松嶋】2021年まではプロダクト開発にフォーカスしていて、2022年からはグロースフェーズに入っているんですね。
─【津崎】はい。今年が正念場だと思っています。一筋縄ではいかないこともあるかもしれませんが、すごく楽しいし、毎日ワクワクしています。
─【松嶋】2022年の津崎さんに要注目ですね。最後に読者へ向けてメッセージをいただけますか。
─【津崎】Thirdverse社CEOの國光さんが「スタートアップが成功するかしないかの要因は、起業家やチームが優秀かどうかは誤差でしかない。市場規模と参入タイミング、これが 99%なんだよ」とよく発言されていて、これは私自身も日々痛感しています。「ソリシター君」がここまで伸びているのは、新型コロナウイルスの影響も大きいと思うんです。コロナ禍で、保険業界にもDXが進んでいますしね。
かつての私のように、サービスが当たらなくて悩んでいる方に向けてメッセージをお伝えするとしたら、市場規模が大きく参入タイミングが適切なマーケットを探し、数年後の世界観から逆算してプロダクトを作っていくことが大切です。参入タイミングは事前に予測できないことも多いですが、一つ大切なヒントがあります。それはニュースを毎日チェックすることです。規制産業の場合、重要な法改正があるんですよね。例えば「この法律を変えます」といったことが発表された場合、施行まで2年のリードタイムを取れます。1~2年あれば一定のサービスは作れますし、新法への対応という点では大企業もスタートアップも横一線ですから。
そう考えると、起業家が情報収集することは非常に大切なことだと思うんですよ。私の場合は保険に関するニュースは毎日欠かさずチェックしています。これは、簡単なようで意外とできていない人が多いんです。「すでにやっているけど効果がない」という場合は、市場そのものを変える必要があるかもしれません。コロナ禍のような突発的な出来事はビジネスチャンスですし、臨機応変に、毎日リサーチを徹底すれば気づけることもあると思いますので、ぜひ実践してみてください。
保険代理店業務の負荷が減ることは勿論、お客様(保険契約者)にとっても担当者(保険募集人)の知識如何で「保険に入れたかもしれないのに案内できなかった(されなかった)」という機会損失を生むことがなくなったことが、ソリシター君導入で大きく変わったことだと思っています。
オンライン保険募集との親和性も高く、これ(ソリシター君)がなければ業務に支障が出ると言えるほど愛用させていただいております。
保険募集方法も多様化していく中で、InsurTechに保険業界が対応していくことの重要性を常に問い続けるSEIMEI株式会社様の今後のプロダクト開発に期待しかありません。